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	<title>游鯉の芸術系航海日誌 &#187; お稽古迷言集</title>
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		<title>脱力と触覚の関係</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Apr 2015 11:55:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[民族音楽]]></category>
		<category><![CDATA[音楽いろいろ]]></category>

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		<description><![CDATA[「なぜ、最初に脱力と指先の触覚の大切さを教えてくれなかったのか」と世の中の楽器の先生を恨む今日この頃です。 私 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「なぜ、最初に脱力と指先の触覚の大切さを教えてくれなかったのか」と世の中の楽器の先生を恨む今日この頃です。<br />
私は半世紀近く生きてきて、いろんな楽器を少しずつかじりましたが、やっとある先生に出会えて、楽器を弾く際の「脱力」ってこういうものなんだということが分かりかけてきました。<br />
力を抜いて弾くと（というより、最低限の力で如何に合理的に弾くか）、音も変わります。<br />
たまに「正しい（とその業界で思われている）音」が出た時は、思いっきり褒めて、その音がした時の、指先の重みや、腕や指の角度を身体に記憶させてやる助けにしてやるためにクドクド言ってくれる先生は、少ないと思います。</p>
<p>確かにどの先生も「脱力」の大切さを説くものの、じゃあ、どうやったらいいのっていうことを素人に上手に教えられませんよね。<br />
過去の私の先生の中には、脱力を説いているものの、先生の言うとおりに弾くと力を入れないと絶対弾けないという矛盾甚だしい方法を教えてくださる人もいました。<br />
大人の私が彼の言うとおりに何年も弾き続けたら、多分、身体を壊していたと思います。<br />
先生というものは往々にして才能や身体能力に恵まれた人がやっているせいもあって、本人は幼い頃、知らないうちに身に付けたから教えようがないということもあるんでしょうね。<br />
あるいは、努力型の先生でも、長くやっているうちに何となくできるようになったから、他人もそのうちできるとタカをくくっているのか？<br />
凡人以上の人であればできるようになるのかもしれないけど、凡人以下はどうしたらいい？（普通は、そういう私みたいな人は習わないのよね…）<br />
あるいは「プロになるわけでもあるまいし」と、ウザいこと言って嫌われないようにしてるという町の先生もいるかもしれない。<br />
先生方にも、いろいろ、仕方のない事情があると思うので、恨んでもしょうがないんですが、行き場のない怒りみたいなもんが、私の心の中で渦をまいてます。<br />
私は今まで10の力で弾いていたとすると、今は半分の力で同じように（むしろ、もっとマシな音で）弾けます。力を節約できた分、脳みそを他のことへ回せます。<br />
おそらく、極めれば、かつての力の10分の１の力で弾ける筈です。</p>
<p>昔は、演奏家が楽器は身体の一部だと言うのが、全然分かりませんでした。<br />
言葉のあやだろとさえ思っていました。<br />
でも、本当だと思います。<br />
ちゃんと合理的に弾いてさえいれば、腕や手の重みが爪先にかかりますので、弦の触感がよく分かります。<br />
余分な力が入っていれば、弦に触れた時、あまり触感が分からないでしょう。<br />
爪先に重さを感じていない状態で弦を弾くなとクドクド言われました。<br />
二胡だって、合理的に弾いていれば、弓先は自分の指先と一体化して感じられます。<br />
変な話、上手く弾けている時は、指先で自分のお腹を掻いている変な感じがします。<br />
つまるところ、指が弓先まで伸びて一体化して、弦の振動がお腹あたりで響くのが分かるので、まるで、ポリポリとお腹を掻いているかのような錯覚すらするという…</p>
<p>ある人に、「三味線弾く時、つい、同じ撥先ばかり使ってしまう（三味線の撥はどちらの角で弾いてもいい）」と言ったら、「え、違いが分かるなんて（素人なのに）すごいね」と言われてちょっとムッとしました（笑）。<br />
「触感」って、本来、初心者だからこそ、クドく注意を喚起してあげるべきことなんじゃないの？と思う次第です。<br />
確かに、大人が一生懸命やったって、限界が見えているので、冥土の土産にたくさん曲を弾かせてあげればいいのかもしれないけど、別にお迎えがすぐそこまで来ているような人ばかりじゃないんだから…<br />
上手くなれないと結局、楽しくないからやめざるを得ないわけで、演奏家にとっては当たり前のことでも、他人が真似出来るように教えてくれたらいいのにと思ったりするのです。</p>
<p>もしかすると、世の中にはアーティストとしてだけではご飯が食べられないから、食べる手段として教えているだけで、生徒がどうして弾けないのかに無関心な先生もいるのかもしれない（もしかすると、こういう先生の場合、生徒さんの方でもファンクラブのつもりで通っていて、技術の習得は二の次なのかも…）</p>
<p>もっとも、先生サイドでも、基礎をきちんとやろうとすると、ツマラナイ動作を延々やらせたり、難しい練習曲を淡々と弾かせることになるので、生徒さん（お客さん）が来ないっていう悩みがあるのも分からなくもないんですけどね。<br />
あるいは、若い頃は一生懸命教えてたけど、一生懸命教えたにもかかわらず、生徒さんがあっけなく放り出してしまったりやめたりしたんで、教授に情熱がなくなった先生も少なくないのかもしれない。</p>
<p>つまるところ、初心者ほど、自分の習う目的をはっきり意識して先生を選んだほうがいいってことかしらん…と思います。</p>
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		<title>一度きりの実演と複製可能な実演</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Dec 2014 01:00:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[音楽いろいろ]]></category>

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		<description><![CDATA[私は二胡の先生に完璧主義をやめろとたまに言われます。 私、自由奔放に生きているように思われてるので、えっ？て思 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>私は二胡の先生に完璧主義をやめろとたまに言われます。</p>
<p>私、自由奔放に生きているように思われてるので、えっ？て思う人もいますよね(^^;<br />
私は着てるものとか自由気ままだし…（着物を着ていてもムートンブーツはいて街中へお出かけ）。<br />
お部屋もぐちゃぐちゃ…（片づけ方が分からないのと集中力がない）。<br />
料理させても、よく分からないので、なんでも、切っちゃえ、入れちゃえのノリで調理していつも予期できないものが出来てきたりして、周囲に不思議がられ…<br />
おおよそ、几帳面な性格とはいえず、それで、なんで完璧主義？</p>
<p>こういうことです。</p>
<p>例をあげると、子供の頃、美術の授業で写生をしていて、見回りに来た先生に褒められました。<br />
たまたま、父と見に行ったゴッホ展で、印象派の影響を受けた絵が気にいって、こういう描き方があるんだ～と、ものすごく感動してちょっと真似したら、ウケちゃっただけなんですが…<br />
褒められると、周囲もどれどれ？って見に来ますよね。<br />
子供なので、なんとなく周囲の意見を聞かなきゃと描いているうちに、なんか自分的にはすごく気に入らない絵に変わってしまいました。<br />
最後は適当にごまかして描き上げて、いい成績はもらいましたが、その絵は最終的に破りました。</p>
<p>ちなみに、私と父はすごくよく似ていました。<br />
父は精密な鉄道模型をつくるのが好きで、とても手の器用な人でした。<br />
父が亡くなった後は、母は同じ趣味のいわゆるオタク友達に模型を差し上げましたが、「え？もらっちゃっていいの？きちんと出来てるから、材料費以上の値で売ろうと思えば売れるよ」とおっしゃったそうです。<br />
でも、父は、晩年、木工に興味が移って、精密な船の模型を作って遊んでいたのですが、少しの狂いも許せないのです。<br />
だから、いつも途中で自分の技術のなさに腹が立って、感情の高ぶりのあまり、出来かけの船を壁や床に放り投げていました。<br />
（当然、壊れたりするので、修理するか、そこからやり直しになります…）<br />
船は一隻も完成しませんでしたね（＾＾；</p>
<p>舞台演奏は、やり直しがききません（練習中は何度やりなおしてもいいですけど（笑））。<br />
「やり直しは、家で細かくやることであって、私の前に来たら、私が止めない限り、あなたは舞台の上にいるつもりで、多少、音程やリズムが狂おうが最後まで弾きなさい。」<br />
先生の言葉は、当然と言えば、当然ですよね。<br />
「最近の子供や才能ある音大生なんかは、例えば、全然練習してきてないのに、先生の前ではいかにも練習してきましたという雰囲気をかもしだして、小手先のゴマカシで、親や先生を騙しにかかるのよね。先生は騙されないけど、普通の人は騙せちゃう。こういうナマケモノでズルイ態度は本当はいけないことだから、私は通常、生徒を叱るけど、あなたにはそれを真似するくらいのズルさを身につけてほしい」<br />
とも言われています。</p>
<p>絵はどんなに破り捨てても、最終的に自分が納得した一枚だけを他人に見せればすみますが、音楽はそういうわけにはいかない。<br />
そういうわけにいくとしたら、録音録画だけですよね。<br />
実際、プロの演奏だって、CDやDVDは録音録画の編集技術、演出の技が効いていて、生とは別の意味で、裏方の編集・演出技術に感動しちゃうわけで…<br />
CDやDVDは、演奏家や俳優の魅力より、裏方の苦労の賜物の占める割合の方が多いと私は思うけど、一般の人は、表に出ている演奏家や俳優の魅力のなせるワザと勘違いしてるだけのような気がする…</p>
<p>納得のいかないものを人前にさらしたくなかったら、あるいは観客の生の「アラさがし」な反応を感じたくなかったら、生の実演をしなきゃいいだけなのかもしれない。<br />
確か、晩年、演奏の一回性へ疑問を呈し、演奏者と聴衆の平等な関係に志向して、コンサート活動やめて、録音と放送メディアに徹したピアニストいたよね？</p>
<p>お客さんって、実演してる側の舞台下の苦労なんて知る由もないから、特に舞台芸術の経験ない人は、残酷なことを平気で言う…。<br />
ぼそっと言っても聞こえちゃうのよね。<br />
そんでもって、自分が言われる側の苦労を知っていたら、自分も言わなきゃいいんだけど、自分がお金を払って見ている場合は、私は貧乏人なので、いわゆる“元がとれなかった”感がものすごく出てきて、そういうアラさがし的な発言がぼそっと出ちゃうことあるわけよね…ゴメン。<br />
でも、本当に優秀なプロは、聞こえていても、それを教訓にして次に活かそう♪って頭が切り替えられるわけですよね。<br />
…っていうかプロならお金を取ってるんだから、あまりにもひどい事を言われるような実演をしちゃダメなわけだけど、素人の場合、自分の成果を見てもらうためとか、自分のやってることの面白さを広めたいとかいう様々な理由で、表舞台に立っているだけだから、文句言っちゃいけないという意見もある一方、お金は取ってなくても人様の貴重な時間を奪うわけだから、あんまりひどければ、言われることがあっても仕方ないのだろうな…と思う人もいる。<br />
でも、どんなに上手なプロでも、評論家にいろいろ言われちゃうこともあるんだよね？</p>
<p>今時は、実演も出版と同じで、才能ある特権階級だけが作品を発表できるわけではなく、ブログなんて評論の書き放題だし、YOUTUBEだって才能あろうが無かろうが（弾いてみました♪）をいくらやってもよいわけよ。<br />
そして自分の好みに合わなければ見なければいい…<br />
ちなみに、私がドラマを鑑賞する場合、実はストーリーそのものを追って、人物に共感したりして感動することは、あまりない…</p>
<p>例えば、映画とかドラマ見ていて、ある人物が非常にアヤシイ行動をとったとします。<br />
「この人、多分、犯人じゃないよね、だって終了まであとXX分もあるし、ここで、こういうシーンを作ったのは、最後に意外なオチをもってくるための布石なんだろうな」と淡々と正直な感想を夫に言ったら「そういうことを淡々と考えながら映画やドラマを見る人、初めてだわ」と言われました…</p>
<p>うーん、私は気にいったドラマを何度もDVD等で見ることがありますが、当然スト―リは熟知しております。<br />
何を見ているのかというと、確かこの次はこうなって、ああなってとストーリーのおさらいしながら、「あぁ、この人物が後でこういう境遇になるのを、このシーンですでに示唆していたんだ～」と一回目で気付かない部分です。<br />
一回性の舞台だと、どんなに隅々まで見ても、あっという間で覚えてられないですよね。</p>
<p>どうでもいいけど、少女マンガの「ガラスの仮面」の北島マヤ、すごいよね、一度見た舞台のセリフ全部覚えていて、後で、一人芝居で子供相手に再現してあげられるその才能。<br />
「のだめカンタービレ」の野田恵、初めて聞いたピアノコンチェルトを、オケ部分とピアノ部分を覚えていて、帰って来てピアノ一台で「こういう感じの楽しい曲だった」とお友達相手に再現してあげられるその才能。</p>
<p>私は繰り返し見聞きしないと、細部まで覚えてない凡人です（笑）<br />
いや、別に覚える必要ないんだけど（笑）<br />
ちなみに、私は別にドラマや芝居を作りたいとか思って勉強している人では全然なくて、これは、単に昔からの癖…</p>
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		<title>二胡LESSON127</title>
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		<pubDate>Tue, 14 Oct 2014 15:28:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[二胡]]></category>
		<category><![CDATA[民族音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[「三門峡暢想曲」の引子と快板を除く部分の譜読みを何とかやったので、それをちょこっとやりました。 多くの人がブロ [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「三門峡暢想曲」の引子と快板を除く部分の譜読みを何とかやったので、それをちょこっとやりました。<br />
多くの人がブログでいろいろ書いていらっしゃる有名な曲ですが、皆さん、だいたい、こうおっしゃってますね…。</p>
<p>「習い始めの頃は他の人がこれを習っているとかブログで書こうものなら、『なに、自慢なわけ？私には一生無理、コイツ殺してやりたい』って思ってたけど、いざ、自分が習ってみると、ゆっくり弾く分には、別にさほど難しいとは思えない…」</p>
<p>ある意味、同感（＾＾；<br />
でも、“譜面的に”さほど難しくない曲って、音色が綺麗じゃないとバカみたいに単調に聞こえるだけだから、本当は難しいんだと思うけど…<br />
速く弾いてなんぼみたいな曲（例えば「賽馬」とか）は、速くさえ弾ければ、音が一つ抜けようが、音が何処かでかすれてようが、どこかで音程が多少狂おうが、素人目には「すご～い」ってなるから、下手でもいいんだろうけど。</p>
<p>しかし、これの快板の部分は、速すぎて、原曲のスピードで弾ける日はくるのだろうか（汗）</p>
<p>これをピアノと一緒に舞台で弾けたら、さぞや気持ちいだろうなぁ～と思いました。</p>
<p>「三門峡」って、黄河最大のダムのあるところですよね。<br />
三門峡ダムの労働情景、人々の楽観向上精神を謳った曲のようで、1960年代に創られた比較的新しい曲。<br />
だから、二胡っぽくないというか、西洋っぽいというか。<br />
先日までやっていた「病中吟」の憂鬱な旋律とは大違い（笑）</p>
<p>さて、話は変わりますが、最近、ちょっと精神的にしんどいのですヨ。<br />
歳をある程度とってから楽器を習った人なんて、真剣に上手くなりたいと思っていればいるほど、絶対、子供の頃からやってきた人を殺したいって思ったことありますよね（笑）。<br />
六歳六カ月から今まで細々とずっとやってきましたって人、正直、大、大、大嫌い。。。</p>
<p>だって、まず、環境（お金の有無、時間の有無）が不公平…<br />
同じ芸術と呼ばれるものでも、文学や美術等は、運動神経とはあまり関係ないので、何歳なって初めても問題ないし、音も出ないので真夜中にやってもなんら他人の迷惑にはならない…<br />
多くの大人は、仕事しないと食えないから、そもそも飯の食えないことをやり続けるだけの環境がない（＾＾；<br />
その点、子供の頃、たくさん時間のある時に、他人（多くは親）のお金で、ちゃんとした先生（場合によっては両親や祖父母）に基礎を教えてもらえた人って、本当に羨ましい…<br />
100万回殴っても気が済まないくらい羨ましいですヨ。<br />
基礎がきちんとしていれば、その上に何を積み上げても、くずれないし、何年かブランクがあっても、再開した時に、安定して積み上げられるから。<br />
（だけど、そういう人達からしたら、趣味でやってんじゃねぇから辛いこともあったと言うかもしれない…）</p>
<p>しかし、抽象的にそういう人たちを憎んでも、自分の心が病むだけ…</p>
<p>ところで、スヌーピーの作者、シュルツさんの興味深い一節…<br />
（彼はチョコチップクッキーが大好きだったのだそうな。）</p>
<p>「WHAT DO YOU DO WHEN YOU FEEL THAT LIFE IS TREATING YOU UNFAIRLY?」<br />
「LEARN TO BAKE YOUR OWN COOKIES」<br />
訳せば…<br />
「人生って不公平だなぁって感じるとき、どうしたらいい？」<br />
「自分のクッキーの焼き方を覚えなよ。」</p>
<p>そういうことなんだと思う…<br />
私だけのクッキーってどう焼いたらいいんですかね…</p>
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		</item>
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		<title>二胡LESSON118,119,120</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Jun 2014 01:49:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[二胡]]></category>

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		<description><![CDATA[最近は「病中吟」を弾いていますが、これ、やんなっちゃうぐらい難しいですね。 正確に言うと、音取り自体はすごく簡 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>最近は「病中吟」を弾いていますが、これ、やんなっちゃうぐらい難しいですね。<br />
正確に言うと、音取り自体はすごく簡単だと思いますが、弓の速度の変化が難しいと思います。<br />
多分、要領のいい人は、習い始めて一年未満でも弾けちゃうと思いますが、本当に上手い人が弾かないと単調なメロディがダラダラ続くだけ。</p>
<p>簡単な音符がきちんと人の心まで届く音にするには、弓の速度を変えないと。<br />
下手な人っていうのは、八分音符二つの一弓を、弓の長さを半分ずつ使って、同じ速度で引く（または推す）から、音に起伏ができず、平板になるわけですね。</p>
<p>で、理屈が分かっているのなら、強調すべき音と収束させるべき音の対比をきっちりつけて弾けばいいじゃん、ってことですが、天賦の才能に恵まれているか、10年以上地道に専門教育受けた人でないとそう簡単にいかないだろうなぁと思います。<br />
途中から急に弓を速く動かせば、基礎が出来てない人は、弓にかかる圧力の変化をコントロールしきれず、音がかすったりブレたりすると思います。</p>
<p>あと二胡という楽器の宿命ですが、高音がでずらいのですよね。<br />
私の二胡も内弦第四ポジションとかに入って来ると、Gの音がかすってうまく出せません。<br />
これ、先生に訴えても、練習するしかないって言いますね。<br />
かする音が気に障るから、思い切って弾けないままでいると、ますます腕は上がらない。<br />
鳴りやすい楽器にするためには、弾きこんで、皮を育てるということが必要だけど、高音出づらいからっておずおず弾いてると、楽器は余計に鳴らない…<br />
実際、音が全く出ないわけではなく、左手の指の圧力と、右手の弓の圧力と弓の速度がキッチリあっている時はちゃんと二胡の音になるので、楽器が悪いわけではなく、訓練すれば、いつでも楽にこの音が出せるとは思うのです。</p>
<p>でもね、日本の光舜堂さんとかの二胡だと、そこまで苦労しなくても鳴るんじゃないかなと思う…(^^;;<br />
実際、私も数回お店で弾かせてもらったし。<br />
ブログを拝見すると、中国の二胡の弾きづらさをいろいろ研究されてるからね。</p>
<p>私としては、自分の右手を甘やかす気は無いので、とりあえず、自分の中国製の二胡で、高音域になっても上手く二胡の音を引き出せた時の感触を覚えて、いかなる環境下でもちゃんと音が出るようになれば、怖いもの無しだなぁと思います。</p>
<p>光舜堂さんのブログで、二胡の演奏家の腕って太いって書いてあったけど、私もそう思います。<br />
それだけの筋肉ついてないと、弓をコントロールしきれないでしょう。<br />
腕の細いお嬢さんで本当に上手い人っていないよなぁと思います。<br />
余談ですが、昔の勤め先に遊びに行って「前より腕とか太くなってない？」と言われました。<br />
太ったんじゃなくて、筋肉だったら嬉しいんですが…どっちでしょうね(^^;;</p>
<p>私、人間が出来ていないので、時々、自分の音が嫌で嫌で仕方なくなって、不機嫌極まりなくなります。<br />
そんな私にナナ先生か言った一言…<br />
「北京の空気がどんなに悪くても、それで、あなたは呼吸をやめるわけにいかないでしょう？それと同じで、二胡を弾くって決めた以上、どんなに気に食わない音が出ても、弾くの！」<br />
ハイ、すごく分かりやすい、北京に住む人ならではの、変な例えに笑っちゃいました。</p>
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		<title>二胡LESSON117</title>
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		<pubDate>Mon, 12 May 2014 16:20:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[二胡]]></category>
		<category><![CDATA[民族音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[一曲をキチンと弾きこなせない、つまり途中で緊張して音が狂ったり、しくじったりすると、後はますます緊張してグダグ [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>一曲をキチンと弾きこなせない、つまり途中で緊張して音が狂ったり、しくじったりすると、後はますます緊張してグダグダになって、聴けたもんじゃなくなるのです、私。<br />
そんな私にナナ先生の言ったセリフは…<br />
「途中で、ヤバっ、しくじった、と思ったら、もうここでしくじっちゃったんだから、後はもう、むしろ気楽になりなさいよ。しくじったら、ラッキー、これで後は気楽に楽しく弾けるわ〜と思ってそつなく終わりまで弾くのが、演奏者ってものです」</p>
<p>わはは…しくじったら、むしろラッキーってか？<br />
すごい逆転の発想ね。<br />
職業として弾いている人にとっては当たり前の心得なんだろうなぁ。<br />
自分が自分にとってどんなに気に入らない音だそうが、間違おうが、時間芸術である以上、誰も待ってくれないから、やり直しはきかない。<br />
止まる訳にはいかない。<br />
ヤバっと思っても顔に出さず、不機嫌になるなんてもってのほか、立て直してキチンと最後までそつなく弾くべきなのは、頭では分かっているのですが…。<br />
ずっと、一曲をきちんと弾けません。<br />
ずっと曲の棒読み状態です。<br />
時々、感情を抑えきれず、ヤケクソで弾いてます。<br />
先生と一緒だと、つられて（というか、私が合わせようとするからですが）ちゃんとそれなりに優雅に弾けてたりします。<br />
ナナ先生曰く<br />
「本当に技術的に問題あって弾けない人は一緒に弾こうが、何回弾こうが、弾けないものは弾けないけど、あなたは、弾こうと思えば、流暢に弾けるのよね…」</p>
<p>私、過度な完璧主義とも理想主義とよく言われます。<br />
そういう人は人生楽しくないし、病むよとも言われます。<br />
ハイ、病んでます、すでに。<br />
ただ、この重い性格の自分との付き合いが長いので、病みながらも生きていられるだけです。</p>
<p>今まで師事した先生、全ての方に言われましたが、私、そもそも天賦の才能にはこれっぽちも恵まれておらず、どっちかというとかなり頭悪くて不器用（いや、ここまでハッキリ失礼な言い方はなさいませんが、覚えるのに時間かかると言われてます）普通、そういう大人は続かないのに、やめないのがスゴイと言われます（笑）<br />
どうしたら、出来ないことに対して、そこまで好きを保っていられるのか？<br />
いや、だって、恋愛だって、叶わぬ恋と知ってても、明日から嫌いになれないでしょ（笑）</p>
<p>まぁ、音楽を趣味以外でやってる大多数の人が、程度の差こそあれ、才能を見出されて、子供のころから期待されてて、本人の意思に関係なく音楽やってて、放棄できませんから、そういう人からみたら、むしろ、私みたいに何も期待されてないし、並外れた成果もでるわけもなく、いつ放棄したっていいのにやめないのは不思議でしょうね。</p>
<p>だって、他にしたいこと、もう、何もないからね…。<br />
逆に期待されたことを一生懸命やったからといって、結果が出るわけでもないということが痛いほど分かっているので、じゃあ、死ぬ前にやりたいことをやる方がいいやってか（笑）</p>
<p>だから、ハッキリ言えますが、誰でも続けさえすれば、どんなにドンくさくても私程度には弾けるようになるってことですね。<br />
ただ、そこまでしてイタイ姿を晒して練習する意味やメリットは、普通の人にはあまりないというだけです。</p>
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		<title>二胡LESSON112</title>
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		<pubDate>Mon, 24 Mar 2014 21:56:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[二胡]]></category>
		<category><![CDATA[民族音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[この日は前の生徒さんのレッスンがまだ終わっていなくて、待ちながらレッスンを拝聴しておりました。 小学生のお譲さ [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>この日は前の生徒さんのレッスンがまだ終わっていなくて、待ちながらレッスンを拝聴しておりました。<br />
小学生のお譲さんで、初級レベルという感じ。<br />
のびのびと楽しそうに弾いていて本当に羨ましかったです。<br />
もちろん、たまに音程狂ったりするんですが、悪いところはすぐ直せばいい、レッスン中に直りきらなかったら、お家で次までに練習してこればいい、そういう前向きな感じ。<br />
「天真爛漫」でしたね。<br />
付添いのお母さんも、レッスン終わるとお嬢さんを「よかったわよ」って褒めてあげてて、なんかむっちゃ羨ましかったです。<br />
正直、死ぬほど羨ましかったです。<br />
この歳になっても、人のお母さんを羨ましがってどうするって感じですが…</p>
<p>実際には、人間なのだから、好いところ、悪いところ、いろんな側面があると思うのです（それが個性でもあります）。<br />
ただ、私みたいな性格の人というのは、仮に99の長所があったとしても1つの欠点があれば、1つの欠点だけがフォーカスされて認識されてしまい、本人的には99の長所が見えなくなります。<br />
しんどいですね。<br />
うちの親って、今もそうだけど、どんなに頑張っても褒めてくれないんだよね。<br />
いや、おそらく、正確には、たまには褒めてくれたのだと思うけど、褒めるというより、かなり客観的に（人と比べて）淡々と長所と短所を言うので、私の脳には短所＝人より劣っているダメダメな私、長所＝他人だってできるのだから出来て当たり前、っていう図式になるのかもしれない。<br />
他の誰とも比べずに、手放しで「素敵だったよ」「出来るようになってよかったね」的なそういう発想、うちの家族にはなかったと思う…</p>
<p>あと、大人になってからは、「仕事」というのは、「学習」と違って、「結果」だけがすべてですから、どんなに自分が頑張ろうが、意味ないんですよね。<br />
一枚の文書がどんなに論理的にきちんとしていても、一つでも単純な誤字脱字があれば、他人の眼には「こんなところに気付かないなんて、不注意だ、信用できない奴だ」となるわけですからね。<br />
誰だって、一生懸命仕事していると思うけど、その過程なんて、他人にとっては、どうでもよく、結果が付いてこなければ、無意味な努力です。<br />
逆に、棚からボタモチの結果が付いてくることもあるかもしれず、それでもオッケーなわけで、運も実力のうち。</p>
<p>私にとって音楽は生計の手段でもないし、将来の生計の手段にもなり得ないと思うので、単純に楽しくやればいいのだろうけど、子供の頃から身についてしまった「欠点だけが増幅される目と耳」は、日々の練習や本番にも顔を出します。</p>
<p>音楽は時間芸術ですよね。<br />
レコーディングでもない限り、基本的に後で修正なんて出来ません。<br />
先生方だって舞台の上でしくじることもあるけど、瞬時に誤魔化すか、立て直しを図るわけです。<br />
よく、「一か所、マズイところがあっても、それであなたのすべての演奏がダメと言うわけではない」と、先生方はおっしゃいますが、それは先生の他の技術や人間的、音楽的な魅力がミスを覆い隠してくれるからであって、これが世間の他のお仕事だったら、一か所ミスったら、すべてがダメで、場合によっては、努力とは関係なしに人間性まで否定されますよね（私の経験ですが…）。<br />
そこがある意味、芸術に関するお仕事と、他のお仕事の違いなのかなとも思います。</p>
<p>だから、私はいつまでたっても、自分の音が好きになれないんですよね。<br />
でも、こういう性格の大人に向かって、好い所だけフォーカスして「よかったよ」って言ってあげればいいのかっていうとそうでもないわけで、自分が全然出来てないのを知っているだけに、余計、むなしくなるという…</p>
<p>ある先生がおっしゃってたのですが、弾き方を教えるということが大変だから疲れるということもあるけど、いろんな人の感情に向き合うことになるので、それも疲れの一因だと…<br />
そうだと思います。<br />
弾くことを単純に教えているだけなら、そうは疲れないと思いますが、生徒さんに楽しく練習させて、上達させて、将来、一人でもやっていけるようにしてあげるには、その人の本質的なことに触れてしまうので、ちまたの産業カウンセラーよりも、カウンセリング的なお仕事をしているような気がしてなりません。</p>
<p>多分、私の心のドロドロ、モヤモヤした嫌な部分を一番よくご存じなのが、器楽の先生です。<br />
親兄弟親戚、仲のいい友達、その誰一人として知らない一番醜い私の姿を見てしまっているのが、赤の他人である先生というのも、本当に気の毒な話だと思います(^^;</p>
<p>ダメな部分があっても、それは「学習過程」なのだから、仕方がないと諦めて、その代わり、将来の音を信じて練習すればいいということに尽きるわけですけどね。<br />
普通、私のようなネガティブな思考をする人は、器楽を勉強するのが長続きしない筈なのですが、それでも続いているのが奇蹟だったりします。<br />
ある意味、そんなに辛い思いをしてまでも「手に入れたい音色」に対する執着がすごいということなのですが…</p>
<p>そもそも、ピアノなどと違って、音を出すこと自体、音程を取ること自体、非常に難しい二胡という楽器を、音楽的な才能がないのにここまで続けてこられて、ある程度弾けるというだけで、スゴイことだと思うんだけど…<br />
これ、ナナ先生の私に対する正直な感想だったりします。</p>
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		<title>二胡LESSON112</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Dec 2013 22:53:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[二胡]]></category>
		<category><![CDATA[民族音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[「手に心を無理やり合わせるんじゃなくて、心に手を合わせようよ」 は～い、技術発展途上国の私には難しい課題ですね [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「手に心を無理やり合わせるんじゃなくて、心に手を合わせようよ」</p>
<p>は～い、技術発展途上国の私には難しい課題ですね。<br />
技術的に速く弾けないから、おのずと意図していないところで、変な間ができる…本当はそんな風に弾きたいんじゃないけど、そうなってしまう、だから、気持も「もう、こんな感じでええわ」、と妥協する…</p>
<p>いつも言われてることですが、<br />
「音符はそれなりに弾けてるのに、歌ってないのよね～」<br />
しかしながら、推弓で一弓の途中で換弦して、速く弾くって難しいですね。</p>
<p>最近、自分の身体なのに、コントロール効かなさ過ぎて辛いです。<br />
速くなってくると、マジで、今、動かそうとしたのが、人差し指なのか、中指なのか、今、何指が動いたのか、分からなくなりませんか？<br />
あ～あ、やんなっちゃうな～♪<br />
っていう歌、ありましたよね？</p>
<p>【余談】</p>
<p>今、先生が借りているお部屋は仕切りがないタイプなので、生活空間が全部見えちゃうんですが、個人である程度の年月教えている私のような同性だと、お部屋でレッスンしてくださいます。<br />
あまり、よく知らない子とか、異性は同じ区内にある音楽教室の自習室を融通してもらうみたいですけどね。<br />
ナナ先生はテディ（正しいかな？）という種類のわんこを二頭飼っています。<br />
レッスン中は大人しくゲージの中にいます。<br />
そのうちの一頭の「まるこ」ちゃん、寝そべって、目を細めたまま、ず～っと私の方見てるんですヨ。<br />
「あたしら、早く外にでたいんだよね～さっさと弾いて、さっさと帰ってよ～」とでも言いたいんでしょうかねぇ。<br />
ナナ先生曰く「ゲージの種類を何回か替えたこともあるし、ゲージの向きをいろいろ変えたこともあるけど、まるこは、ゲージがどんなに変化しても、いつも、同じ場所に手を引っ掛けて寝るんだけどねぇ。今日は向きを変えてるわ…何でだろう？」</p>
<p>いつもの習慣を無視して向きを変えている…<br />
ということは、私を見るためですよね？<br />
確かに私はわんこ大好きなので、わんこにも好かれやすいですけど。<br />
調弦してる時、微妙に頷いて見えるのは、私の気のせいなのか？？？<br />
子供の頃から、大勢の人が傍で二胡を調弦する音を聴いてきたので、Ａ線とＤ線の絶対音感とか身についているのかも…なさそうな話でもあるまいと思うのでした。</p>
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		<title>ヒヨコ頭でも楽器は弾ける</title>
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		<pubDate>Wed, 20 Nov 2013 06:22:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[三味線]]></category>
		<category><![CDATA[中国三弦]]></category>
		<category><![CDATA[民族音楽]]></category>
		<category><![CDATA[音楽いろいろ]]></category>

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		<description><![CDATA[実は、私は脳がどんくさいので、自分の身体の見えない部分の使い方が分からないです。 分かりやすく例を挙げると、目 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>実は、私は脳がどんくさいので、自分の身体の見えない部分の使い方が分からないです。<br />
分かりやすく例を挙げると、目をつぶると自分の手先がどこにあるのか、どういう動きをしたのか分かりづらいということ^^;<br />
自分の身体見取図が不正確(というか不完全？)で、自分と他人(と言っても、全ての他人ではなく自分にとって重要な人)との身体の境界が不鮮明な時があります。<br />
加えて、感覚が過敏なところと鈍いところの差がありすぎます。</p>
<p>夫が机の角に足ぶつけると、自分が「痛っ」と叫んでしまう…<br />
そのくせ、知らないうちに怪我して血を流していても気づかなかったりして、後で、こんなところにカサブタが…と思ったり。<br />
でも、ひどく怪我すりゃ、痛って分かりますよ^^;<br />
歯磨き、特に歯間ブラシは鏡見ながらでないとできない。<br />
逆立ちできないし…かと言って、根本的な腕力が不足しているわけじゃないです。<br />
自分の足先や背中をどうもっていけばいいのか本当に分からないというか、怖いです。<br />
泳げないし…とはいうものの、顔を上げて目を開けたままなら、平泳ぎで50mくらいなら、ノロノロと泳げます。<br />
ちなみには母は、本当にカナヅチで、普通に力抜けば人間って浮くはずなのに、沈んでいきます…力入れすぎてるんだろうねぇ。</p>
<p>こういう人はマイノリティですが、確実に社会に多少なりともいらっしゃいます。他人に信じてもらえないので、さらけ出す勇気がなく、黙っておられるだけかと…運動機能そのものがかなり劣っているわけじゃないので、他人には理解し難いのかも。<br />
あ、別に心配してお医者さん紹介してくれなくてもいいです。<br />
原因おおよそ知ってますから。<br />
決して、やる気ないとか、ふざけてるとか、反抗してるわけじゃないのです。<br />
単にわかんないんですよぉ〜〜〜</p>
<p>そういう人もいるんだという前提で、楽器の練習のお話を続けます。</p>
<p>三弦の弾き方を根本的に変えました。<br />
あまりにも前の方法と違いすぎるので、修正が大変。<br />
厳しい先生だと、どうして言われた通りにできないのかと叱られちゃいます。<br />
だって、言ってる意味と、どうやったら、そのように身体が動くかは別物なので、自分の身体の動かし方がわかりません。<br />
比喩ではなく本当に…。例え日本語で言われても同じですが、多くの先生は私の中国語コミュニケーションのせいと良い方向へ勘違いしてくれて、手を出してくれるので助かります。言葉の字面的な意味は翻訳できるほど、実は承知しています。</p>
<p>聞いて分からないのなら、先生を模倣すればいいじゃん。<br />
その通りですね。<br />
で、模倣しようとすると、本当に見えた通りに自分もやっているかどうかっていうのは、じぃ〜っと自分の手先を見ないと分からないのです。<br />
だから、どうやら、どの先生も不思議に思うようです。<br />
どうして、穴が空くほど、他人や自分のやってることを見つめるのかが…。<br />
普通、音の場所がわからなくて、三味線とかだと棹を見る、ピアノなら鍵盤を見る人は多いと思いますが、そうじゃなくて、私はただ弾けばいいだけの先生や自分の手そのものを見るんですね。<br />
だって、言われた方向に弾いているのか、本当に見ないと分からないんだもん。</p>
<p>それと、楽譜見ろって言われると、じぃ〜と楽譜を見続ける必要があるので、他の感覚がいっきに麻痺して、今、何してるのかが分かりません。<br />
例えば、車の運転なんかさせた日には、目に映るもの全てに集中するので、情報処理と身体制御が困難で、ぐったりと疲れます。<br />
車から降りて、貧血おこしてクラっときて以来、別に好きで免許とったわけじゃないのでペーパードライバーです。</p>
<p>じゃあ、あんた、子供の頃から、どうやって、楽器弾いてきたの？<br />
…って思いますよね^^;<br />
楽譜は基本暗譜、いつも間違いそうになる箇所だけ、譜面のあそこに書いてあったと場所を記憶していて、本当に忘れそうになったら、そこだけパッと見る、そういうことです。<br />
暗譜そのものは、音源でメロディとリズムを覚えています。</p>
<p>初めての行為、慣れない行為は、ずっと見てないといけない…。<br />
関係ないかもしれないけど、電子レンジもよく見つめるらしい。<br />
セットすれば勝手に出来上がるのに、ずっと前で待ってしまうのは何故だろう？<br />
流石に洗濯機は見つめない…それは中が回っているのが見えないから、面白くないせいかと…^^;</p>
<p>で、先日、先生がおっしゃいました。<br />
「いい音がしたら、見てなくても動作は正しいはずだから音色で聴き分けなさい」</p>
<p>なるほど、一理あるなぁ。<br />
音色と自分の行為の関連性なら、私のヒヨコ頭でも覚えていられたわ。</p>
<p>でもね、「いい音」という概念は実はくせ者。<br />
それは、その文化圏の中で良しとされている音なので、自分の思ういい音と全然違うのよね。<br />
もちろん、自分の好きな音とその業界で言われてるいい音がほぼ完全に一致する場合もあります。<br />
私の場合は三味線の師匠の音がそれで、だからお稽古代心配した師匠に、弟子を紹介しようかと言われた時に、師匠じゃなきゃやだ〜と断りました。</p>
<p>この際だから、ついでに言うと、子供の時に、協和音とか不協和音とか、メジャーとかマイナーとか、寂しい感じでしょとか、先生は勝手にいろいろ概念を押し付けるけど、私にはそう聴こえないんだが…と思うこともあったなぁ。<br />
だってさぁ、増四度とか、欧米では悪魔の音とかって嫌がられるんだって？<br />
私的にはめっちゃ、怪しくていい感じよ。<br />
どういう風に聞こえるかを、音を聴かないうちから、同意を求めないでほしいわ。</p>
<p>だから、三弦の場合、「ほら、今の音、いい音したでしょ」って言われると、そうか、これが目指す音なのね、と記憶するようにしています。<br />
本当は自分的にはそれが理想の音でなくとも。<br />
三弦の目指すべき音はいい音っていうより、私的には中国の路地の匂いプンプンで、ちょっとキツイ感じなのよね。</p>
<p>そういえば、実際、名人と呼ばれる人の中にも、どうしたら、そんなフォームとそんな姿勢で長時間、弾いていられるの？という人がいらっしゃる(私がそう思うのではなく、今まで交流してきた全ての先生が口にしたセリフ)。<br />
だから、王道というのはあるのだろうけど、一ミリの差もなく先生と同じように動かせるわけもないのだから、そこは無視していいのか…<br />
という結論に落ち着きました。</p>
<p>もしかして、私のようなマイノリティ以外の人は皆、普通に当たり前にそうしてきたのか？<br />
ははは…先生方、世の中にはこういう人もいるのよっていう参考にしてくださいm(_ _)m</p>
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		<title>弾く、描く、書く=話す</title>
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		<pubDate>Fri, 08 Nov 2013 20:30:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[音楽いろいろ]]></category>

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		<description><![CDATA[「よく“障害者でもピアノが弾ける”と演奏会などの宣伝文句に使われるけど、“障害者だからピアノを弾く”“障害者だ [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「よく“障害者でもピアノが弾ける”と演奏会などの宣伝文句に使われるけど、“障害者だからピアノを弾く”“障害者だからピアノが必要だ”、っていうのが本当は正しい感じがすると思う」<br />
これは、広汎性発達障害者のピアニスト野田あすかさんの言葉。<br />
すいません、一字一句覚えていませんが、だいたい、こういう意味だったと思います。<br />
（こうはんせいはったつしょうがい、PDD, pervasive developmental disordersとは、社会性の獲得やコミュニケーション能力の獲得といった、人間の基本的な機能の発達遅滞を特徴とする「発達障害における一領域」―ウィキペディアより引用）</p>
<p>この気持ち、なんか、分かるなぁ。<br />
すべての障害者や心の病を患っている人がそうとは言えないと思うし、心身健康な健常者でも、ある意味、自己表現、他人とのコミュニケーションに欲求不満を抱えている人は、楽器を弾かざるを得ない、絵を描かざるを得ない、文章を書かざるを得ないのだと思うんですよね。<br />
もちろん、健全（？）に、趣味や職業として、弾く、描く、書く人もいるんでしょうけどね。<br />
私にはむしろ健全に弾く、描く、書く人の気持ちは分からないかも。</p>
<p>ちなみに、私は人がコワイです(お友達は除く)<br />
傍からそうは見えないかもしれませんが、本人的には、あまり面識のない大勢の人前で話さなくてはいけない時とか、初対面の人はコワイと思って身構えています。<br />
その証拠に、18歳で就職して以降、鎮痛剤が常備薬で、いつも持ち歩いています。<br />
初めて会う人ばかりの接客業や電話の問い合わせに答えるような仕事はフラフラになります。<br />
初対面の人に会う時とか、会議の前には予め、気休めとして、半分の量とか、少なめに飲んだりもします（結局、頭痛がするので、残りの半分を飲む羽目になることもありますが）。<br />
一番向いていない仕事をしていた時なんかは、薬局のオバちゃんが心配して、あんた薬の飲み過ぎはダメよ、薬飲む前にコーヒーとか飲んで代替してみたら？と注意してくれました。<br />
今は大丈夫ですけどね〜学生兼バイトみたいな生活だから周囲は優しいもの。<br />
子供の頃は、引っ込み思案なのね、内気なのね、恥ずかしがり屋なのね、ってよく言われましたが、違うと思うんだよね（笑）<br />
誰も分かってくれないみたいだけど…<br />
他人の意図が分からないのがコワイ、意図したように伝わらないのがコワイ、よって何か失敗やらかすのがコワイ、人に誤解されるのがコワイ、後で怒られるのがコワイ、結果として人もコワイ（汗）<br />
こんなに、文章だらだら書いてアップするんだから、それはないでしょうと思うかもしれないけど、これは顔が見えないから、平気なのです。<br />
万が一、思ったように伝わらなかったり、誤解されて伝わっても、相手が言わない限り私は知らないし、相手から、お叱りが来たとしても、リアルタイムのやり取りではないので、私のようなワーキングメモリ不足の頭でも、瞬時に返答する必要はなく、じっくり考えて、後で字だけのやり取りで誤解を解けばすむからです。</p>
<p>よく、文章が苦手、書くのは面倒という人が、「書こうと思うと身構えて、なかなか書けない」とおっしゃいますが、それはおそらく、リアルの生活がとても充実していらして、自分をその都度、きちんと表現出来て、周囲の人と共感できているから、そもそも、書く必要がないからなのだと思います。<br />
私なんて、そもそも、「書こう」と意気込んだことなんて一度もなく、むしろ書きすぎるとウザいから削ったり、アップするのを我慢したりします。<br />
パソコンをこうして打っている間にも、書ききれなかったことが頭を通り過ぎていくので、脳にケーブル繋いで、直接、パソコンに入力、出力できたらいいのにと思います。</p>
<p>そんなわけで、私の、書く、描く、弾くという行為も、多分、普通の人の「趣味」とは少し違うような気がします。<br />
好きな曲を適度に上手に弾けたら満足できるというものじゃないんだよねぇ…<br />
（もちろん、そういう一面もありますが…）<br />
書く、描く、弾く、それをしないと死ぬしかないから、やってるんです。<br />
大げさな、と思うかもしれませんが、多分、障害や病気もちの人には何となく分かる気持ちだと思うのですが…<br />
だって、内側にたまっているものは、出さないと、爆発しちゃいますよ。<br />
岡本太郎さんではありませんが、芸術はバクハツだ～～～</p>
<p>弾くことはコミュニケーション手段です。<br />
だから、正直に言うと、私は大合奏はあまり好きではありません。<br />
だって、別に誰も一人一人の音を聴いてないし…冗談抜きで300人レベルの合奏だと、人のこと言えませんが、音程やリズムのズレは避けられないので、人とお話しているのとは違います。<br />
一番好きなのは、三味線の師匠とお稽古してる時かもなぁ。<br />
私が弾いて師匠が替手を弾いている時が一番楽しい。<br />
三味線の場合は、昔は口伝だったせいか、他の楽器と違って、先生が看てくださるというよりは、ほとんど一緒に弾いてくださるわけで、師匠はプロだから私がどんなに音程や速度やリズムが狂っても合わせてくれますしね…<br />
弾くという会話が成り立つので、とても楽しいわけです。<br />
（後で録音聞くと、よく、こんなデタラメに合わせてくれたなぁと思います…）<br />
そういう意味で、私は二重奏、三重奏、ぐらいがとても好きです。<br />
嫌いなのは、多重録音…同じ人が同じ楽器で違う旋律を弾いて多重録音すると、一人の人が何十本の指で弾いているようにしか聴こえないので、ものすごく気持ち悪いし、同じ音色しか見えないのでツマラナイ。<br />
大合奏は会話なんてないので、弾く側としてはあまり好きではないけど、舞台に立つよい訓練になるので、機会があれば、淡々とやらせていただこうと思います。<br />
（↑師匠がたまにご覧になっているので敢えて書いておかないと…）</p>
<p>ある種の人達は、野田あすかさんの言葉を借りれば「誰も私の言うことは聞いてくれないけど、ピアノだったら聴いてくれるから、ちゃんと伝えたい、だから頑張って練習する」わけですね。</p>
<p>私は、子供の頃、絵を描くとたまに褒められたけど、自分が納得していなければ、破りました。<br />
私の心の中で思い描いているのと、全然、違えば、意味ないですから。<br />
自分の心の中と、アウトプットされて出てきたものが、ほぼ、同じものであって、且つ、他人も喜んでくれるっていうのが一番いいわけですが、飛びぬけた才能や技術がないとそうはいかないのが辛いところ。<br />
書くことは、手があれば誰だって書けるから（いまやパソコンがあるので手すら要らないですね）、訓練なんて要りません。<br />
だから、一番楽ちんな表現方法です。<br />
直線や曲線を描く、色を付けるのは、ある種の人にとっては訓練がいるのかもしれないし、余計にストレスになるのかもしれないけど、私は別にさほど苦になりません。<br />
音楽はね、知識いっぱいいいるし、結局のところ、運動能力がどうしても必要だから思うようにならないのが悔しいですよね。<br />
思うようにならないので、今のところ、ただ、淡々と技術の向上のためだけに弾いていたりします。</p>
<p>だから、こんなことを書いているわりには、私の演奏は、超ツマンナイ、というわけなのです（汗）。<br />
でも、人とおしゃべりしたいから、下手でも弾かずにはいられない…（すごい矛盾）<br />
私の場合、病んでいるから弾かずにはいられないのです。</p>
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		<title>二胡LESSON106</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Nov 2013 15:34:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>游鯉</dc:creator>
				<category><![CDATA[お稽古迷言集]]></category>
		<category><![CDATA[二胡]]></category>
		<category><![CDATA[民族音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[「弓を引いたり推したりする動きは、静止していなければならない…」 はぁ？(゜_゜) 実際、動いているのに静止し [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「弓を引いたり推したりする動きは、静止していなければならない…」<br />
はぁ？(゜_゜)<br />
実際、動いているのに静止していなくてはならんとな？<br />
言葉を額面通りに受け取ると、ほんと哲学ですねぇ。</p>
<p>ナナ先生曰く、安定した（というか正しい？）動きをしている時、自分では手を動かしているという感覚すらないのだそうです。<br />
まぁ、ものすごく速いスピードで弾く時なんかは、ちょっと力入れなきゃな～程度の力を感じるときを除けば、ある程度の技術レベルに達した人は、「どこそこを動かして～」という意識がなくなるそうです。<br />
実際、弓を引いたり推したりする時、腕、二の腕、手首、指の関節など、様々な部署が連携して微妙な動きをしているわけですが、次にどこを動かして、その次は～なんて脳がいちいち指令出してたら、速い動きに間に合いませんよね。<br />
初心者の動きがぎこちないのは、やはり、いちいち、それぞれの動きを気にしているからでしょう。<br />
複数の動きが統合されて、「弓を引け」という一つの命令で、ちゃんと即、安定した正しく美しい動作に直結する、それが「静止」している動きなのでしょう。</p>
<p>そういえば、脳の指令の統合と言えば、三味線の師匠の回答が実に興味深いのです。<br />
12から14のツボのスリ（滑音）を4回繰り返すところ（14から12に戻るときに滑音は付けない）について、私が「どこで力抜いてるんですか？」と聞いたら、「力なんてどこも抜いてないよ」という答えが返ってきた。</p>
<p>私と師匠の脳みその違いはこうだと思っている。<br />
【私の脳みその指令】<br />
１、左手人差し指を指板にしっかり着けた状態で、12から14のツボに移動する。<br />
２、左手人差し指を指板から離して、12のツボに戻る<br />
３、左手人差し指を指板にしっかり着けた状態で、12から14のツボに移動する。<br />
４、左手人差し指を指板から離して、12のツボに戻る<br />
５、左手人差し指を指板にしっかり着けた状態で、12から14のツボに移動する。<br />
６、左手人差し指を指板から離して、12のツボに戻る<br />
７、左手人差し指を指板にしっかり着けた状態で、12から14のツボに移動する。<br />
８、左手人差し指を指板から離して、12のツボに戻る<br />
全部で8つの指令が出ている…</p>
<p>【師匠の脳みその指令】<br />
１、「左手人差し指を指板にしっかり着けた状態で、12から14のツボに移動して、左手人差し指を指板から離して、12のツボに戻る」を４回繰り返す。<br />
という一つの命令に統合されていると思われる。</p>
<p>だから、私の場合、少なくとも「左手人差し指を指板から離して、12のツボに戻る」時に、あたかも「ここで力を抜かなければ！」という余分に意識するプロセスがあるわけだけど、師匠の場合は、そもそも、どこかで力抜いたっていう意識すらないのだろう…<br />
実際には、左手人差し指が12のツボに戻る時に、力入れっぱなしだったら、指が指板から離れないため、要らないところに変な滑音がついてしまい、正しく弾けるわけがない…</p>
<p>まったく、私の頭はただでさえ、普通の人よりメモリが足りず、加えて手先が不器用なのに、人より多くの指令を出しているのだから、処理スピードが遅くて仕方がない…<br />
10年くらいやってりゃ、そのうち、一つの命令に統合できるんでしょうかねぇ。</p>
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