弾いてる時は別人

先日、古筝のミズキちゃん(仮名)に津軽三味線を見せてあげました。
とりあえず、どういうものなのか、音を聴かせてあげようと思い、じょんから旧節を弾いてみました。
が…
どうも、私は弾くとき、心をこめることができなくて、無表情、無機質になってしまうのです(^^;
ついでに言うと、人前で弾くときは、あがるようで…
「ようで」というのは、手足が震えるなど、本人に自覚がある時もあるのですが、自覚がない時もあるからです。
あるいは自覚がない時というのは、もしかすると本人はまぁ冷静を保っているけど、傍からはものすごく緊張しているように見えるということで、本当にそうでないのなら、ものすごく損なことなので、治したい限りです。
いや、多少の緊張はプラスになりますが、それを傍に悟られちゃいけないですよね。

そういえば、車の免許を取得した際、試験のときに、本人はケロッとしているのに、人から散々「緊張しすぎ」と言われましたね。
いや…この時なんてむしろ、前の人の失敗を冷静に見てて、分析して自分はミスらなかったんですけど。

で、ミズキちゃんに思いっきり、ご指摘いただきました。
「もっと、自由に思いっきり、弾きなさいよ」
「そんなんじゃ、機械と同じで何も伝わらない。」
「人それぞれ音色が違うのは、人はそれぞれ心が違うからでしょう!」

はい、おっしゃるとおりです(汗)
私はどうも、文章を書く時、絵を描く時とかは、本当に好き勝手にのびのびやれるのですが、音楽はそういうわけにはいかないようです。
多分、運動能力と聴音にコンプレックスがあるからでしょう。

しかし、ミズキちゃんは、普段は10代のその辺にいるお嬢さんですが(私から言わせたら娘と言っても不思議でない)、弾いてる時は天女さまのように美人ですからね。
そういやぁ、弾いてる時は別人といえる人は結構いるよなぁ。
普段の姿は全然何とも思わないけど、弾きはじめると、思わず一瞬、惚れちゃう人は結構いる…

リズムのお国訛り

西洋音楽をやっている人たちがフツ―に感じるリズムといえば…
四拍子…強・弱・やや強・弱
三拍子…強・弱・弱
二拍子…強・弱

民族楽器を使用する音楽だって、西洋音楽理論を視野に入れて作曲されたものは、このとおりなのでしょうけど、昔から伝わってきたというような曲というのは、リズムが訛っていて(笑)面白い。
リズムの訛りといえば、ウィンナーワルツなんかの三拍子も、ステップにあわせなくてはならないので、均等な三拍子ではなく、くるんと回る部分は長めで若干訛っているらしい。
そういう意味では、日本の盆踊りも、うるう年じゃないけど、途中で太鼓を余分に叩いたりしないと、うまく合わなくなってくる…

私はそういう昔からある変な曲が大好き。

ところで中国の古代又は民間音楽には、「板眼」という概念があります。
つまり、打楽器である「板」や「鼓」で拍子を取る際、板を打つ時が強拍(板)、鼓を打つ時が、弱拍又はやや強拍(眼)を担当します。だから、よく、一板一眼は2拍子、一板三眼は4拍子、有板無眼(流水板)は1拍子に相当すると説明されます…が、それは便宜的にそう言っているだけで、例えば、板で一拍子を打つ場合、必ず全部強拍とは限らないわけです(おいおい)。

ちなみに、こういう理論と実践は普通の音大では必須科目ではないでしょうが、うちの大学では京劇科の学生でなくとも必須科目らしいです。
自分でテーブルを打って板の代わりにして、地方劇の一部や民謡(?)を唄うという期末試験があります。本当です。
私は音楽科の必須科目は卒業単位に全く関係ないので、聴講だけして、試験は受けていません(^^;だってさぁ、外国語喋るだけで精いっぱいな人間が、節付けて唄えねーよ!
しかも、地方劇ともなると、方言の影響で四声(音の抑揚の調子)が異なるので、中国人でも抑揚を間違えます。
中国人であっても、その地方の出身者ではない場合、真面目に声調をメモらなければ、ちゃんと唄えません。

若い子たちは当然、西洋音楽で育ってきているので(ただ、やってる楽器が民族楽器のため、音感が十二平均律ではない人が多いかも)、変なところでテーブルを打ってしまったり、強拍と弱拍が入れ替わってしまったりすることもあるようです。

ところで、私は最近、津軽民謡にハマってしまっているので、よく、レッスン室で弾いているのですが、ちゃんと弾けていると、人に笑われる(?)というか、不思議がられるというか…でも、楽しそうだねと感心されます。
均等にリズムを刻むのではなく、ある時は前のめりっぽく、ある時はタメが多いという、そのビミョーなリズムが、隣で練習している子の調子まで狂わせるようです。
一応、譜面は二拍子で書かれていますが、西洋的な二拍子ではないことは明らかで、これを西洋音楽理論に基づいて弾いたら、強弱がおかしくなるわなぁ
模範演奏を聴きながら、合わせているんだから、私のリズム感がおかしいわけじゃないんだってばさぁ~

ちなみに、京劇三弦(これは私が普段弾いている類の三弦ではなく、もっと細くて短いです)のレッスンDVDを持っていますが、あれなんかは、京胡の弓使いに合わせて(つまり大きく弓を引く時など)、強弱が決まるところもあるみたいです。

三弦-海を越えて アジアから日本へ

東京芸術劇場で「三弦-海を越えて アジアから日本へ」というコンサートを鑑賞してきました。
これは東京発・伝統WA感動というプロジェクトの一つなのですが、昨年もこの関係でお琴や三味線を聴きに行ったかな。

さて、そもそも、何故、このコンサートに行ったかと言えば、
大三弦と津軽三味線の演奏があったからです。
そもそも、こういう楽器が合奏できるの?というのが素朴な疑問。
私はどちらも少し弾けるだけに、いちおう、その楽器の特性というものは分かっているつもり。
中国本土における改良の賜物の大三弦(今も進化中)と、日本に伝来して北のはずれに行きついた津軽三味線(今も進化中)は全然、違う音色だものね。
どちらかがメインを弾いているときは、もう一方は弾かないか、大人しく寄り添うように合わせるというのは、何だかわかる気がします。
どっちもがんがん弾いたらうまく融合しないものね。
「潮流にのって」というこの日のために創られた曲だそうです。
四回書き直したとか。
今っぽいお洒落な雰囲気でした。
都会の地下にあるレストランか何かで、壁には水槽がいっぱい並んでいるようなお店のBGMにしたら、なんか合いそうです。
(注:あくまで、私の感性では、こんな感じと言ってるだけなので、鵜呑みにしないでくださいね)

この企画、別に大三弦と津軽のためにあるわけではなく、
第一部では義太夫三味線、地唄三味線、長唄三味線などの演奏がありまして、
てっとりばやく、三味線音楽のいいとこだけ聴きたい人にはもってこいのないようでした。
琉球舞踊も見られて、ほんと、楽しかったです。
琉球舞踊の人の髪型と着物の感じを今度、真似してみようかな…
初めてみたのはモンゴルの三弦。
ほとんど、大陸の大三弦と変わらないような気がするのだけど、右手は竹の棒をピックにして弾くらしいです。
かなり素朴な感じがよかったですね。
だいたい、恋の歌か、馬をテーマにした曲が多いらしいです。