絹弦の世界へようこそ

先日、主に日本の和楽器の絹弦を作っている会社の二胡と中胡の絹弦を手に入れたので、さっそく試してみました。
全体として、絹弦の印象は音も実際の触感も「やわらか~い」のですよね。
柔軟剤のCMみたいですね(^_^)
こういうのは「二泉映月」みたいな曲が向くのだろうと思います。
中胡持ってないので、二胡に中胡の絹弦をひっかけたら二泉二胡になるんじゃない?みたいな軽いノリ(笑)で、通常の調弦より5度低く調弦してトライしてみました。

とりあえず、それらしい音がでました。

ついでだから、中国の楽器街で売っている中国三弦の絹糸の老弦(一番太い糸)、中弦(真中の糸)も二胡にひっかけてやれ、と試しました。
こういう人は、そのうち、チマキの笹に巻いてある糸まで試したくなるかもしれないですね(笑)
やってない、やってない(^^;

絹糸の比較をする以上、スチールの二泉二胡弦も弾かないとね、と思い、道具箱をひっくり返して弦をさがしました。
あった、あった、前に買って数回試してとっておいたやつが…

ドへたくそで恐縮ですが、いちおう録音したのでアップしときます。
同一の楽器、同一人が弾いていますが、なにせ録音ですし、mp3だからある意味、音が省略されてしまうので、実際に弾いてみると、空気が違うと思うでしょうね。

mp3ファイルは
ここ↓をクリック
nisen_hikaku

これは「二泉映月」の2~6小節のフレーズを弾いていますが、後で、使った糸の3つのバージョンを繋げて一つのファイルにしました。
どういう順番につなげているかは秘密にしときます。
どう感じるかは人それぞれですから~
でも、明らかに違うよね。

使った楽器は紫檀二胡(紫檀といっても日本語でいう本紫檀ではなく、おそらくアフリカ産の紫檀もどき)です。

■ 二泉二胡弦、スチール(敦煌)
■ 中胡弦、絹(丸三ハシモト)
■ 中国三弦弦、絹(どこの馬の骨とも分からない)

誰に何を伝えたいですか?

「歌うように弾いて」「話しかけるように弾いて」とは、私の二胡の先生が最近よく言うことなのですが、それは心理的に非常に苦しいです。
「淡々と音符を音に変えて弾くだけじゃなくて、人に伝えようと表現してみて」と言われ、そうしないのは心構えの問題じゃないのかとご指摘を受けました。

まぁ、先生の言う通りなんです。
前にも書いたかもしれないけど、そもそも、演奏とは、何故、自分の情緒を伝えたり、自分を表現しなくちゃいけないのか分からん。
誰も聞いてないのに、なんで自分を表現しないといけないの?
(いや、別に先生に喧嘩は売ってないです…でも正直な今の私の気持ちです)

職業音楽家なら分かりますが…(聴衆はあなたの音楽表現に金払ってるわけですし、それでお金がもらえるということ自体、支持者がいるということですよね…)

申し訳ないけど、私自身が聞き手だったら、よほど心とお金に余裕がある時か、よほど演奏者の人柄か音が好きでなければ、どんなに上手い人の演奏でも、ちゃんとお金払って聞こうとは思わないんですよね。
素人さんの演奏のなら、なおさら、事情がないと聞きたいとは思わない。
人間、そんなに暇じゃないというか、多分、現代人は皆、そんな時間や心の余裕ないのでは?
私が発表会を聴きに行くとしたら、先生の演奏がメイン目的で、生徒さんの演奏については、どんな教え方してるんだろうという勉強のために見てるというか…
知人の発表会とかなら、去年より進歩したねとか応援してあげるという意味があるけど、演奏自体が自分にとって楽しいかと問われれば、別に関係ないよね…実際、真剣に聴けば聴くほど、どこで間違ったとかそんなことばかり気になるわけで、疲れるので、適当に聴かざるをえないというか…

そもそも、大多数の人は自分の大事な人以外の他人が何考えてるのかなんてどうでもいいでしょ。
ましてや、ちゃんと相手の話を聞いていたつもりでも、違った受け取られ方をするなんてしょっちゅうだし。
どんなに自分が一生懸命でも、のれんに腕押しなのが分かってて、それでも話し続けられる人って、病んでる人か、もの凄い精神力を持った人だと思う。

仕事してた時、よく思ったのは、結果(特定の相手の要求をどれだけ満足させられるか)がすべてだから、どんなに一生懸命やったかなんて全く関係ないのですよね。そもそも、プロなら、パーフェクトな結果を出すのが当たり前で、それでこそ、その仕事のプロなわけですしね。
でも、こと芸術に関しては、様々な人の要求をいったいどうやって、どれだけ満足させられるのでしょうね…
どんな芸術でも、最低限の技術があることは大前提ですが、かなり高い技術を持ってる人でも、その人のこと嫌いな人もいるんだよね。
ちなみに私は、某先生や某先生の演奏、嫌いです(^^;
もっとも、薬にも毒にもならない演奏が多い中、ある種の人にハッキリ嫌われる演奏というものができるということは、反対に強烈にそれが好きという人がいるということでもあるのでしょうが…(笑)

だから、ある意味、演奏家は凄いと思います。
支持者(ファン)以外の人にとっては、あなたの演奏なんて、騒音と同じだと感じる人もいるんだから…それでも舞台の上で平気な顔して弾けるってほんとすごい神経してるなぁと思います。
有料のリサイタルなら、聴衆は最初からあなたのファンだと思いますが、当たり前ですが中には断りづらいお付き合いや、誰かの付添いで来てる人もいると思います。
友達でも何でもない様々な期待を抱えた人たち相手に、よく話し続けられるなぁ…
たとえ、しらけていたお客さんが多かったとしても、それでがっかりなんてせずに、次の仕事への切り替えが早いのでしょうね…

だから、支持者が一人もいない私が、一体、何を語れっていうのか…(^^;
弾きながら虚しくなるだけと思う…
それでも、音楽をし続けるということは、誰かに自己を表現して、話しかけ続けないといけないのかな…
斜に構えた態度で素敵な音が出るとは、私も思っていないのですが、職業音楽家になる可能性がまったくない人で、でも、上手くなりたいけど、誰も支持者がいない場合、誰に向かって何を語るように弾いたらいいの?

と、ここまで書いたら、急に解決方法が見つかったのでした。
神さまにお話しすれば、いいのかもしれない…
うん、確かに、神さまだったら、私のことなんてどうでもいいとは思ってない筈だよね。
神さまが私のことがどうでもいいと思っていたら、この世に生まれさせる筈ないわけだし、神さまがもうあんたなんてこの世に要らないって思ったら、とっくに死んでる筈だものね。
なるほど、そういう解決策があったか…

二胡LESSON133

別に大道芸人になるレッスンを受けている訳ではないけど…
先生が弓の速度の変化を私に体感させようと思ってくれたらしく、突如、私の後ろに回って、弦を押さえる左手は私が担当、右手の弓は先生の担当という芸もどきをやってみました。

こういうことって、プロ並みの人同士でないとできないと思っていたのですが、片方が素人でも案外できるものなんですね(笑)
もっとも速度が遅いせいもあるのでしょうが…
私の楽器を使って、私が音程をとっていたとしても、先生が弓を担当しただけで、ちゃんと音に変化がつくものなんですね(当たり前と言えば当たり前ですが…)